ベトナム ― 多すぎた国が、味を取り戻すまで

雨の気配が残る午後。
店の外は少しだけ湿っている。
あなたがカウンターに座ると、
店主はいつもの棚ではなく、
足元に置いてあった豆袋に手を伸ばした。
「今日はね、
“数が多すぎた国”の話をしよう。」
袋には、
ベトナムと書かれている。
世界を満たしたコーヒー
「ベトナムは、
世界で二番目にたくさん
コーヒーを作っている国なんだ。」
それは意外でもあり、
どこか納得もできる数字だった。
この国のコーヒーは、
長いあいだ
“日常を支える飲みもの”として
世界に広がってきた。
甘いナッツを思わせる風味。
口あたりはやさしく、
尖ったところがない。
「毎日飲むなら、
こういう味がいい。」
そんな声に、
ずっと応えてきた豆だ。
急ぎすぎた時代
ベトナムで
コーヒーが育てられ始めたのは、
1857年。
けれど、
本当に流れが変わったのは
20世紀の終わりだった。
政治や経済の仕組みが変わり、
相場の高騰を追い風に、
生産は一気に拡大した。
10年ほどで、
世界第2位の生産国へ。
「早すぎたんだと思う。」
店主は、
そう静かに言った。
置き去りにされた“味”
量を増やすために選ばれたのは、
育てやすく、
安定して収穫できる豆。
その結果、
市場には
価格が安く、
味よりも量を優先した
コーヒーがあふれた。
低価格。
低品質。
そんなイメージが、
いつのまにか
国全体に重なってしまった。
「本当は、
それだけじゃないのにね。」
いま、取り戻そうとしているもの
最近になって、
流れは少しずつ変わり始めている。
政府が需給バランスに目を向け、
量だけでなく、
質を見直そうとする動き。
そして、
少量ながら
香りや口あたりを大切にした豆も
再び注目され始めている。
甘いナッツの風味。
やわらかく、
飲み疲れしない味。
「スペシャルティの世界が、
ようやく振り向き始めた感じかな。」
想像している焙煎
もし、
この豆を焙煎するとしたら。
強さは、いらない。
苦さも、前に出さない。
中くらいの火で、
甘さを壊さず、
香ばしさを整える。
ナッツの印象が、
ふっと広がって、
静かに消えていく。
「派手じゃなくていい。」
それが、
この国のコーヒーには
似合っている気がする。
翡翠の隠れ家では、まだ
この豆も、
翡翠の隠れ家で扱うかどうかは
まだ決めていない。
理由は、
簡単だ。
「この国は、
いま“取り戻している途中”だから。」
完成した味ではなく、
変わろうとする過程。
それを、
もう少し見ていたい。
ベトナムのコーヒーについて(やさしいまとめ)
- 世界第2位の生産量を誇る国
- 甘いナッツ系で、口あたりのやさしい味わい
- 長いあいだ量が重視されてきた歴史がある
- 近年、品質を見直す動きが進んでいる
- 収穫期:10月〜4月
今日も、
カップは出てこない。
でも、
ベトナムのコーヒーという言葉が、
「安い」や「多い」だけじゃなく、
“変わろうとしている味”として
残ったなら。
この旅は、
ちゃんと前に進んでいる。
ここではいつも、
コーヒーは
味になる前の物語から始まる。

コメント