パプアニューギニア ― 森の静けさを、そのまま一杯に

雨上がりの夕方だった。
店の扉が閉まる音のあと、外の気配がすっと遠のく。
カウンターに腰を下ろしたあなたの前で、
店主は何も言わずに豆の袋を一つ、棚から下ろした。
「今日はね、少し静かな話になると思う。」
そう前置きしてから、店主は袋の口をそっと開ける。
まだ焙煎されていない、生豆の匂いが、かすかに立ち上った。
南太平洋に浮かぶ島国、パプアニューギニア。
深い森と山に囲まれ、
朝になると高地には霧がかかる。
この国のコーヒーは、
最初から目立つことを選ばなかったかのような佇まいをしている。
「派手な酸味も、分かりやすい甘さもない。」
店主はそう言って、袋を軽く揺らした。
パプアニューギニアのコーヒーの多くは、
いわゆる“大きな農園”で育てられてはいない。
家の裏。
畑のすみ。
森へ続く小道のそば。
人の暮らしのすぐ隣で、
小規模生産者による庭園栽培として育てられている。
この国では、二百万人から三百万人もの人々が、
コーヒーによって生計を立てていると言われている。
「効率よりも、時間のほうが多く流れている場所だね。」
その言葉に、あなたは静かにうなずいた。
もし、ここで焙煎するとしたら。
店主は焙煎機のほうに視線をやり、
少しだけ考える間を置いた。
「最初から深く焼き切ることは、しないと思う。」
口あたりの濃厚さは残したい。
けれど、重たくなりすぎるのは違う。
ハーブのような青さ。
湿った木を思わせる香り。
その奥に、トロピカルフルーツの気配が
ふと顔を出す余地を残したい。
「火を入れすぎると、この豆は黙ってしまう。」
それは設計というより、
豆との会話を想像しているような口調だった。
まだ、完成した味の話ではない。
この豆を扱うかどうかも、
翡翠の隠れ家では、まだ決めていない。
ただ、想像だけはできる。
濃厚な口あたり。
酸味は弱〜中程度で、前に出すぎない。
ハーブ、木、
遠くにトロピカルフルーツ。
余韻には、かすかにタバコのような深み。
強く語らないのに、
なぜか記憶に残る味。
「元気を出すためのコーヒーじゃないね。」
店主はそう言って、小さく笑った。
考えごとが終わらない夜。
何も決めなくていい休日の午後。
ちゃんと味わおうとしなくてもいい。
そばにあれば、それでいい。
この豆が似合うとしたら、
そんな時間だろう。
パプアニューギニアのコーヒーについて
- 世界生産量シェア:0.7%未満
- 世界生産量ランキング:第17位
- 主な品種:アラビカ種 約95%
- ティピカ、ブルボン、アルーシャ、ブルーマウンテン、ムンド・ノーボ
- ロブスタ種:約5%
- 収穫期:4月〜9月
帰り際、
あなたはもう一度、棚の豆袋に目をやった。
まだ焙煎されていない豆。
けれど、その味は、
もう少し先の未来で完成するのだろう。
この店では、
コーヒーはいつも、
決断より先に、想像から始まる。
翡翠の隠れ家 店主


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