【短編オリジナルストーリー】特別な一杯

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おはようございます。「翡翠の隠れ家」を運営するたーです。

以前からコーヒーを楽しむために軽く読める物語がないものか、と考えていました。

コーヒーを1杯飲む時間が少しでも至高の一時になるように短編ストーリーを作ってみました。

記念すべき1話目です。お気軽にご覧下さい。

特別な1杯

どこを歩いていたのか、もう分からなかった。

ふと気づくと、知らない路地に迷い込んでいた。

ビルの隙間を縫うように続く細い道。
そこだけ時間がゆっくり流れているような、不思議な空間だった。

ふらりと視線を上げると、「翡翠の隠れ家」 という看板が目に入った。
木の扉は、まるで異世界への入り口のようにひっそりと佇んでいる。

圭吾はまるで吸い寄せられるように、その扉を押した。


静寂の中の香り

扉が開くと、心地よいコーヒーの香りが鼻をくすぐった。

店内は外の喧騒とは別世界のように静かで、どこか懐かしい雰囲気が漂っている。
アンティーク調の家具、古びた本が並ぶ棚、流れるジャズの旋律——

時間がゆっくりと溶けていくような、そんな感覚に陥った。

カウンターの奥には、年配のマスターが静かに立っていた。

「いらっしゃい」

低く落ち着いた声が、店内の空気に馴染むように響いた。

圭吾は、気づけばカウンター席に座っていた。

「おすすめは?」

「今日は……”特別な一杯”を淹れよう」

マスターはそう言うと、ゆっくりと豆を挽き始めた。

シャリシャリ……と響く音が、不思議と心を落ち着かせる。
圭吾は、その手元をぼんやりと眺めながら、今日までのことを思い出していた。

迷い込んだ心

——仕事で大きなミスをした。
期待されていたプロジェクトは失敗し、上司からは厳しい言葉を浴びせられた。
「もう自分には無理かもしれない」
そんな思いが、頭の中を埋め尽くしていた。

気がつけば、あてもなく歩き続け、この店にたどり着いた。

「お待たせ」

目の前に、琥珀色の液体が注がれたカップが置かれた。
湯気がゆらゆらと立ち上り、甘く香ばしい香りが漂う。

「どうぞ」

圭吾は、そっとカップを口元に運んだ。

一口含んだ瞬間——

柔らかな酸味と甘みが広がり、喉を通ると、じんわりと温かさが体に染み込んでいくようだった。

「……美味しい」

心からそう思えた。

張り詰めていたものが、ふっと緩む。

「そのコーヒーにはね、”再出発”って意味があるんだよ」

マスターが、静かに語り始めた。

人生を変える一杯

「焙煎する時、コーヒー豆は一度大きく膨らんで、それから落ち着く。
膨らむのは、期待や希望。
でも、そこから余計なものを手放して、本当の味が出てくる。
コーヒーも、人も、同じさ」

「……人生と、同じ?」

「そう。
失敗や挫折を経験することで、人は本当の自分の味を見つけるんだ。
焦らなくていい。
じっくり味わえばいい」

圭吾はもう一口、ゆっくりと味わうように飲んだ。

焙煎したばかりの豆は、ガスが多すぎて香りが落ち着かない。
でも、時間をかけてガスを抜くことで、初めて本当の味が引き出される。

それはまるで、自分の人生のようだった。

「焦らず、じっくりか……」

心の中に、小さな灯がともったような気がした。

非日常からの帰還

店を出ると、いつの間にか夜になっていた。

ビルの隙間から見える月が、まるで別の世界に迷い込んでいたことを教えてくれるようだった。

「また来ます」

そう言って振り返ると、そこには確かに「翡翠の隠れ家」の扉があった。

——でも、不思議なことに、次に訪れようとした時、あの路地を見つけるのは少し難しいかもしれない。

この店はきっと、人生に迷った時、ふと現れる場所なのだろう。

——これは、とある喫茶店の”特別な一杯”が、人生を変えた物語。
あなたの人生を変える一杯も、きっとどこかで待っている。

おしまい。

楽しんで頂けましたでしょうか?もし好評であればまた次回も書いてみようと思います。

コメント頂けましたら幸いです。

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